東京高等裁判所 昭和24年(新を)3692号 判決 1950年3月30日
被告人
李霽雨
主文
本件控訴は之を棄却する。
当審に於ける未決勾留日数中六十日を本刑に算入する。
当審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人坂本英雄の控訴趣意について。
弁護人の控訴趣意書は要するに本件の起訴は、被告人が秋山音彦と共謀の上昭和二十四年十月二十七日頃原判決判示新発田北蒲衣料品荷受商業協同組合に於て同組合所有の天竺四十反、綿浴用タオル十二反、スフメリヤスアンダーシヤツ四十八枚外リヤカー、作業衣、コート、シヤツ等価額合計十一万五千二百九十二円八十銭相当を窃取したことを訴因とし刑法第二百三十五条をその罰条としているところ、原判決は右訴因罰条の変更なくして被告人は昭和二十四年十月二十六日頃の夜半右秋山音彦が窃盗を為すにあたりその情を知り乍ら同人の命を受けて途中まで同道し、右秋山が原判示協同組合から窃取した盗品の内天竺四十反、綿浴用タオル十二枚、スフメリヤスアンダーシヤツ四十八枚価格合計三万余円相当を途中から運搬し以て右秋山の犯行を容易ならしめて之を幇助したものと認定し罰条として刑法第二百三十五条第六十二条第一項第六十三条等を適用しているけれども、裁判所は訴因罰条の追加変更を命じない限り、起訴状に記載された訴因罰条に拘束されるものであるから原判決は、刑事訴訟法第三百七十八条第三号の事由に該当し破棄を免れないと謂うにある。仍て按ずるに原判決が特に訴因罰条の変更を命ずることなく起訴状に記載せられたところと異なる訴因を認定し起訴状の罰条と異なる罰条を適用していることは洵に所論の通りである。而して一般に起訴状に掲げられた訴因及び罰条が裁判所を拘束することは明であるけれども、かかる拘束は絶対的のものではなく公訴事実の同一性を害せず之に包含せられるものであつて且、被告人の防禦に実質的不利益を齎らさない限りは、裁判所は訴因罰条の変更なくして異なる訴因を認定し異なる罰条を適用することができると解せねばならない。蓋し起訴状に於て訴因罰条を特定せしめるのは、刑事訴訟に於ける当時者主義の要請に基き裁判所の審判の対象を限定せしめ裁判所をして当事者の申立てざる事項につき判決を為すことを得ざらしめると共に、相手方たる被告人をして自己に対する攻撃が何たるかを特定し、之に対する防禦方法を講ずるに遺憾なからしめようとするにあることは明であるが反面之を絶対的のものとするときは、徒らに無用の手続を繁しくするのであつて訴訟の発展的性格に副わず且実体的真実発見の目的にも遠ざかるのであるから、前記制度の認められる所以の目的を害しない限りは、その拘束力に自ら限界があるものと解すべきであるからである。今本件について見るに起訴状に於ては、共謀による窃盗の共同正犯を以て訴因としているのに原判決は幇助として被害物件も起訴状より少く認定したものであつて、共謀による共同正犯の場合には各自が必ずしも、実行行為を分担するの要はないから行為の態容に於て各共犯者は或いは実行行為を為し或いは之を容易ならしめる行為を為す等夫々の段階が存し得べく、従つて仮に共謀がないとすれば幇助となるが如き事態は当然にその内容に包含せられていると解すべきものである。而して共同正犯に比して幇助の刑責の軽いことは明であるから一般に斯る認定は被告人に不利益を及ぼさないのみならず、本件記録によつて原審に於ける被告人の防禦の経過を見るに被告人は第一囘公判に於て共謀の事実、窃盗の実行の事実を否認し、判示秋山が窃盗を為すの情を知り乍ら同人の命によつて途中まで同行して待ち次で同人の窃取した物品中原判示物件を運搬した事実を認めていることは明であつて、原判決の認定はむしろ此の被告人の自認の限度に於て為されたものと見るべきであり固より被告人の防禦に実質的不利益を齎したものと云うことはできない。右訴因の認定が右の如くなつた以上之が罰条も亦起訴状掲記の刑法第二百三十五条の外幇助の規定の適用が為されたことは、当然であり此の点の許さるべきことも亦同様である。然らば原判決が起訴状に掲げられた訴因罰条の追加変更を為すことなく、之と相異る訴因の認定、罰条の適用を為したことには、何等の違法なく又審判の請求を受けた事件について判決せず又、審判の請求を受けない事件について判決を為したものと謂うことはできない。従つて、此の点に関する弁護人の本論旨は理由がない。